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2012年 05月 19日
景気が良くなっているような実感は全くないが、数字の上ではプラス成長が続いている。先に発表された1〜3月期の国内総生産(GDP)は、実質季調済みで前期比1、1%増、年率換算で4、1%増だった。これでプラスは3四半期連続となる。
輸出に加えて個人消費が堅調だったことが背景にあるが、エコカー補助金など一過性の消費刺激策が奏功したことによる。今後、息切れする可能性もあり、さらなる輸出や設備投資の伸び、消費の増大が求められる。 特に、GDPに占める個人消費の割合は高く、これが景気回復のカギを握っている。個人資産は1400兆円とも言われているが、そのかなりの部分は老人の懐にあるのではないかと推測される。これを吐き出すにはどうすればよいか。 二つほどいい考えが浮かんだ。一つは、「振り込め詐欺」をどんどん奨励することだ。あれだけ注意を促しても、この種の犯罪は一向に減らない。コロッと騙されて、簡単に巨額のカネを巻き上げられてしまう。被害者はほとんどが老人だ。懐が豊であるかという証左だ。 犯罪者にとっては、どうせあぶく銭だ。得たカネを貯め込むよりは、浪費してしまうだろう。ギャンブルなどに使うかも知れない。老人が所有する眠っているカネが、犯罪者の手を得てモノやサービスにどんどん使われれば、景気対策となるのは確実だ。 もう一つは、相続税や贈与税の控除と税率の見直しだ。こちらの方は少し真面目な案だ。カネは墓場に持って行けない。生きているうちに使うように制度を改革すべきである。現在、遺産に相続税が掛かる人は数%に過ぎない。控除額が大きいため、よほどのカネ持ちでないと税金を払う必要がないのだ。 もともとはそうではなかったが、時の政権が減税を繰り返して来たため、課税対象者が大幅に減ってしまった。現在の相続税は、1000万円(10%)から3億円(50%)と6段階に分かれているが、控除額が大きいため、払わなくて済むケースが多いのだ。 相続税だけをいじっても意味がない。生前贈与税の仕組みも変えなくてはならない。贈与税は、2003年度から従来の「暦年課税制度」に加え、「相続時清算課税」が導入された。後者は、生きているうちに贈与した分と、死んでからの相続税をワンセットにして納税額を計算する方式だ。 いずれでも、控除額を大幅に減らすと同時に、税率も相当高い水準に引き上げることが必要だ。カネを持っていれば、死んだ後でも生きている時でも、子孫に資産を引き継ごうとしたら、ほとんどを国に召し上げられるような仕組みにしなければならない。 もっとも、農業や個人商店、小規模の家族経営企業など、代々引き継ぐことを前提としたものについては、別の扱いが必要だ。こうした特別のケースを除けば、生きているうちに自分で使い切る方が得だとの考えを持つような制度にすることが肝要だ。
2012年 05月 15日
先日、東京湾沿いをバイクで一周して来た。いつもは、ワガハイの住む千葉市から金谷に行き、フェリーで久里浜に渡り、横浜から東京を通過して帰るケースが多いが、今回は逆コースと取った。幸い、天候に恵まれ、快適な旅であった。
バイクで走っていると、今、地震が起きたらどうしようということが心配になる。東京湾沿いのルートは、房総の沿岸沿いを除けば、それほど海の近くではない。仮に大地震が発生しても、バイクで走っていれば、大体気が付く。以前、かなり大きな地震があり、ちょうど信号で止まっていた時だったが、バイク自体が揺れ、「何事か」とびっくりしたことがある。 この時は内陸部であったが、沿岸部を走っていた場合は、咄嗟に逃げるルートを探すのは困難だ。東京湾1周の1週間前、日立市の海浜公園まで転がした。途中、太平洋側の沿岸近くを走る所がある。そこそこ長い距離で、先の東日本大震災規模の地震が発生して津波が起きたら、この辺りは水に浸かる可能性のある地域である。「もし」を想像しながら走るのは愉快ではない。 天気さえ良ければ、この時期のバイクは最高である。一番困るのは雨だが、天気予報で大体の予測はつく。雷は竜巻はもっと怖いが、いずれも空模様を観察して、回避することはある程度可能だ。天気が不安定ならば、始めから出掛けないことが賢明である。 それに比べ、地震は突然襲って来る。車だと、揺れを感じたらラジオを付ければ、公共放送などが、しつこいほど津波情報を発信している。津波が押し寄せるには時間が掛かる。情報を聞いて、危ないと察知して逃げ場を探すことは、高所があれば不可能ではない。 バイクだと、揺れを感じても、ラジオを聞く分けにはいかない。もっとも「高級」バイクには、ラジをを搭載しているものもあるが、普通のバイクでは無理だ。千葉に住んでいると、九十九里は方面にもよく行くことがある。先の津波では、房総の旭市周辺がかなりやられたが、この辺りは平地がほとんどで、逃げ場がない。 大震災以来、何となく沿岸部を走るのを躊躇する傾向がある。沿岸部を避けて山間部を走っていても、山崩れなどがあるかも知れない。天災を心配していたら切りがない。運を天に任せて、従来通り行きたい所に行くようにしよう。
2012年 05月 12日
東京電力が一般家庭向けの電力料金の値上げを申請した。最終的には多少圧縮されるだろうが、値上げ自体は避けられないだろう。今更、電気に囲まれた生活を逃れることはできない。家計への負担を減らす工夫が必要だ。ライフスタイルも変えなければならない。
電力料金を上げざるを得ない背景はいろいろある。一つは賠償だ。実際に避難などで受けた被害より、風評による間接影響の方が大だ。政府とマスコミに、風説を流布した責任がある。二つは後処理だ。使用済み核燃料の始末や原子炉の廃炉などに伴う「捨てカネ」だ。東電を裸にしても、全部払うことはできない。 加えて、国際商品価格の高騰が追い打ちを掛けている。原油や液化天然ガスの価格が、今後大きく下がる見通しにはない上に、原発に代わる火力発電所の需要は増えるばかりだ。火力発電はポンコツが多く、メンテナンスにもカネが掛かる。ドルが対円で安い内は良いが、高くなると一気に輸入コストが増大する。再生可能エネルギーの促進には、全量買取による料金への跳ね返りが控えている。そこら中、値上げ要因ばかりだ。 ワガハイの住む集合住宅では、数年前に給湯方式を変更するなど大掛かりな修繕工事を実施した。ちょうどワガハイが、管理組合の理事長を引き受けている時で、この計画を提案した手前、その後の準備期間や工事完了までの4年間付き合わされる羽目になった。 給湯は、それまで地域単位での供給であったが、個別のガス給湯に変更した。地域給湯システムの老朽化とコスト高が見直しの切っ掛けとなった。幸いにも、方式変更については住民の理解があり、特に大きな障害がなく完成できた。変更したお陰で、給湯コストは半減、いいことばかりだ。 新方式を決めるまでに、いくつかの案を議論した。個別ガス給湯以外では、従来の方式を継続、システムを更新するだけとする考え方や、安い夜間電力を利用した電気温水器を設置する「オール電化」とするやり方などを検討した。前者は問題外であり、後者も建物の構造上の限界があって断念した。 電気への依存度を低くすることは良かったが、一部では修繕を機に給湯だけでなく、IH化を導入するところもあった。ワガハイもその一人だ。そろそろボケ老人の領域に入る。IHにすれば炎がなく、安全だと考えたからだ。基本契約も50アンペアに引き上げた。それでも、光熱費はかなり低減できた。 IHにすると、夏場の3ヶ月を除き割安料金が適用されている。今度の東電案では、電力利用率が高い時間帯をより高く、そうでない時間帯はより安くする仕組みになっている。実際の生活パターンを、それに合わせて変えても、どの程度値上げの影響が回避できるかは分からない。この夏は、なるべく昼間は公共施設にでも逃避して、家にいないようにするしかない。
2012年 05月 10日
小沢一郎元民主党代表に対する1審判決を不服として、指定弁護士が高裁に控訴することになった。1審判決については、先日触れたように不自然なところが多い。無罪の理由が分かるようで、分からない。再度、法廷の場で疑問点を徹底的に争う方がよい。
指定弁護士は、「見逃せない事実誤認がある。既存の証拠でも、誤りは十分指摘できる。共謀が認められないのはおかしい。裁判所を説得できる自信がある」などとして控訴を決めた。指定弁護士側でも、相当な論議があった模様だが、「5割を超える勝訴の見通し」が立ち、最終的に踏み切った。 ワガハイが注目しているのは、共謀のための「故意の認識」があったのかどうかだ。第三者が当事者の腹の内など読めようがない。客観的状況証拠を積み上げて判断するしかない。1審の地裁は、疑惑のほとんどを認めたが、結論だけを「シロ」とした。 「故意」であるかを立証するのが困難で、小沢氏は「無罪」となったのだ。関係者が口裏を合わせて「故意」ではないとすれば、すべて「無罪」となることを示したものだ。指定弁護士が言う「事実誤認」がどういうものか不明だが、法の限界に関わる問題で、法廷の場でしっかり論議すべきである。 民主党は小沢氏に対する1審判決を受けて、党員資格停止処分を解除した。前原誠司政調会長らが、裁判は3審制であり「無罪」が確定したのではないと主張。解除に異論を呈したが、輿石東幹事長の判断で決めてしまった。 そもそも、小沢氏を党員資格停止処分にしたのは、刑事被告人だったからだ。控訴となれば、小沢氏の立場は変わらない。輿石氏は後講釈のような発言をしているが、まさか指定弁護士が控訴に踏み切るとは予想していなかったのかも知れない。 自民党政権下でも、政治家の不祥事や疑惑が何度もあった。政治家は公人である。自身に疑いがあったり、秘書の仕業であったとしても、政治的に責任を取らなければならない宿命にある。過去において何人もの政治家が、除名や議員辞職などもっと重い処分を受けてきた。それを追及してきたのは、主に野にあった民主党だ。それが攻守所を替えた途端に保身に回り、やること全てが中途半端となっているのが現状だ。 国権の最高機関である国会の場での説明責任を、小沢氏は全く果たしていない。野党は引き続き証人喚問を要求していくだろうが、小沢氏は逃げまくるであろう。主な理由は係争中であるためだ。小沢氏は、控訴により国会での弁明を避ける口実が再びできたことになる。 小沢氏は、刑事被告人であることに変わりはない。本人や関係者は、1審の「無罪」で政治の表舞台への復帰を望んだろうが、それは無理だ。民主党にとって、小沢氏が騒げば騒ぐほど票が減るだろう。 今後、小沢氏が党員資格停止処分の解除を受けて、執行部との折り合いを付けるのかどうかに関心がある。翻意を得意とする小沢氏のことだ。何かの切っ掛けで、条件は付けながらも「消費税賛成」に回る可能性だってあり得る。このままだと政治家として野たれ死にするだけだからだ。
2012年 05月 07日
福島原発事故は、社会生活に大きな変化をもたらしそうな気配だ。いくつかあるが、その中で注目されるのが電力調整だ。発電側に限界があれば、使う側で知恵を絞るしかない。やり方としては、節電と使用時間の平準化だ。
節電は、これまで使っていた電力を工夫して減らすことだ。平準化は、電力使用のピーク時を避けて夜間や休日に稼働。電力供給の安定化を図ろうとする発想だ。特に夜間は、昼間より割安料金が適用されており、これを活用すれば、平準化だけでなく、料金の節減にも繋がる。 ワガハイがサラリーマン時代過ごした会社は、24時間、365日休みなしで活動していた。世界が相手で、必ずどこかで会社の一部が稼働している。国内でも、早朝5時からスタートして、昼頃には仕事が終わる職場。夕方から出社して朝帰りする組など様々だ。勤務時間帯が恒常的に決まっている所もあれば、シフトで勤務時間が変化する職場もある。 労働基準法では、休日や深夜、夜間の勤務には制限があるが、手当も付く。人が休んだり、寝ている時に働き、人が仕事する時に遊ぶ方が何かと得だ。漸く長い連休が終わったが、どこも人でいっぱいだった。しかも遊ぶには、通常よりコストも掛かる。連休中に割り増しで働き、人がいなくなってから出掛ける方が賢明だ。 農耕民族には、人と同じことをやろうとする習性がある。違う行動を取れば、へそ曲がりで村八分になる。原発事故のお陰で、これまで一般的だった集団行動のパターンが崩れるかも知れない。電力不足の対応には、節電だけでは対応できない。特に製造業は、休日や夜間の稼働を検討。需要の平準化に貢献すると同時に、料金も節約することを考えている。 これを機に、一斉に休んだり、遊んだりする習慣を改めるべきだ。問題は学齢児のいる家庭だ。ファミリーで行動するケースが多いため、休みが親子でバラバラだと別の社会問題が生じる。国を挙げて、学校も職場もいつでも休みが取れるような環境をつくるのが先決だ。
2012年 05月 06日
連休中の山岳遭難事故は毎年のことだ。きょうで長い連休は終わるが、これまでに北アルプスで高齢者が8人死亡した。軽装備に加え、気象状況を甘く見たのが原因だ。里では春爛漫だが、この時期の高山は冬山と同じである。不用意としかいいようがない。
2週間ほど前に、北信濃の地べたを車で一周して来た。ことしは、季節がずれていることもあるが、山裾には雪が残り、山中はまだ冬景色であった。ワガハイは山登りが好きだが、この時期の登攀にはかなりの準備と覚悟が必要だ。まだ、スキーの方が適しているようなシーズンである。 今回、遭難が伝えられた北アルプスの白馬岳、爺ガ岳、涸沢岳は、いずれも人気が高い山だ。ワガハイも何度か登ったことがあり、天気さえよければ、この時期でも登るのはそう難しいことではない。そのためには、十分な装備が必要で、里の感覚で登るとえらい目に遭う。 5月の山は、ことしに限らず中途半端である。厳冬期のような厳しさは一見ないが、ひと度低気圧が到来すると一変する。ワガハイの経験では、怖いのは雨と風だ。これにやられると、急速に体温が低下して忽ち命を落とすことになる。 グループ登山の場合は、経験豊かなリーダーがいるのが普通だ。素人だけの集団で登るケースは少ない。リーダーは、事前にメンバーの装備に注意を払っておかなければならない。ロクな防寒具やビバーク用具も持たないで、この時期に高山に入るのは自殺行為に等しい。 天候の急変を除けば、高山といえども5月になると、雪は少なくなり固まって歩き易い。雪の着いた岩山を眺めながらの稜線歩きは、天気さえ良ければ天上の楽園だ。ほとんどの人は、それを期待して山に入るが、そう甘くはない。条件が整った状態で、山歩きができるのは極めて希である。 白馬での遭難のケースは、ルートと所要時間、年齢などを考えると、晴天、無風で目一杯の計画である。いったん天候が変わると、スケジュールが大幅に狂う。下山するかビバークするしかない。戻るのは勇気がいる。判断を躊躇している内に、体力が消耗、身動きができなくなったであろう。ビバークの用具も持っていなかったようだ。 厳冬期なら、もともと十分な装備をしている。雪も深いし柔らかい。雪洞を掘るのも、それほどの労力は要らない。5月だと、雪の量も少なくなり、しかも固い。雪洞を掘る場所を探すにも時間が掛かるし、掘るための道具も必要だ。 簡単なのは、岩陰や窪みを見付けてビバークすることだ。ツエルトを被っていれば、風雨は防げる。寒さは防寒具で凌げば、死ぬまでのことはない。ツエルトがなければ、雨合羽かポンチョを頭から被り、体は、腰までザックに入れば、同様な効果がある。そのためには、大きめのザックを持って行った方がよい。今回のパーティは、これらの備えを怠っていたようだ。 遭難者の年齢を見ると、比較的高齢者が多い。最近は、高齢者でも仕事を持っている。連休しか出掛けられない事情もあろうが、5月の山の天気は一般に不安定で、山行には適していない。むしろ、梅雨入り前の6月はじめの方がよい。雪も残っているし、温度も高い。高齢者が死ぬのは、国のためにはいいことだが、人に迷惑を掛けないで死んでもらいたい。
2012年 05月 03日
沖縄・尖閣諸島付近の日本領海接続水域付近を、中国漁業監視船がうろつき始めた。政府は、官邸の危機管理センターで動きを監視しているが、領海侵犯になれば徹底的に抗議すべきである。島の領有問題については、政府や外務省は対外関係に過度に配慮する傾向があるが、断固たる行動が必要だ。
尖閣諸島は「私有地」だという知識はあったが、一個人だけが所有権を持っているとは知らなかった。島の所有権とは関係なく、日本の領土であることには変わりはない。石原慎太郎東京都知事が、この個人からの買取り構想をぶち上げたことで、世論が再び関心を持ち始めたのはいいことだ。 東京都は本気で買取交渉に臨むであろうが、政府も「国有地」化することに前向きの姿勢を示している。所有者と東京都、政府が折り合えば、最終的には国が買い上げることになるかも知れない。東京都は、都の予算だけでなく広く国民からの寄付金を集めたいとして、寄付専用の口座を開設。これまでに7600万円の資金が寄せられたという。 最初に尖閣諸島を探検したのは、日本人の古賀辰四郎氏で1884年のことだ。中国は当時、清の時代であった。日本は、清朝が領有権を主張していないことを確認、1895年に閣議決定して日本領に編入した。清朝も異論を表明しなかった。中国の過去の文献にも、尖閣諸島を支配したり、中国人が住んだ歴史はない。 日本領に編入されてから、日本人が住み、経済活動もした時期があった。1919年に中国漁船が 尖閣諸島付近で遭難し、島の日本人住民が救助して中国のい送還した経緯もある。それに対し、中国は感謝状を送り、その中でも日本の領土であることを記述していたとも言われている。 戦後、日本は占領していた中国領を返還したが、尖閣諸島は含まれていない。中国は要求もしていない。その後、米軍が尖閣諸島を占領。日本人の所有者に地代を払って射撃訓練などに使用した経緯がある。尖閣諸島は、沖縄返還とともに日本側に戻されたが、中国はこの時も何らの異義を唱えていない。 中国や台湾が「自国領」だと主張し始めたのは1970年になってからだ。国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が、尖閣諸島周辺での石油天然ガス資源の可能性について報告書を出してからだ。つまり、1895年から1970年の75年間、中国は日本の領有を了解していたのを、資源の埋蔵が発覚した途端に自国の「領有権」を持ち出して来たのだ。 日清戦争の敗北で、日本により尖閣諸島が不当に割譲されたというのが中国の言い分だが、歴史的事実から見て、日本が「不当に領有した中国の領域」には入っていないのは明らかだ。政府は、尖閣諸島の領有権は日本にあることを主張している。歴史的、国際法上から見ても当然だからだが、その理由や背景についての説明が不十分である。 国際舞台でコトあるごとに、日本に理があることを声高らかに訴えると当時に、中国や台湾の不当性を指弾していかなければならない。政府や外務省の対中弱腰外交が、それを怠って来たと言わざるを得ない。先の中国漁船による衝突事件で、政府は船長を無罪放免したが、もってのほかだ。
2012年 04月 30日
交通事故による犠牲者が後を絶たない。文明の利器の中で一番人を殺して来たのは車だが、決め手となる対策がなかなかないのが実情だ。原発事故による被曝で死んだ人は、過去半世紀の歴史の中でゼロだが、世間は大騒ぎする。車は社会に定着しているのに比べ、原発には核分裂や放射能に対する潜在的恐怖感があるための違いかも知れない。
古いデータがないので推測に過ぎないが、自動車事故による死者は、累計で60万人から70万人に達しているのではないかと見ている。負傷者は、その100倍近い数値である。車による年間死者数は、1970年がピークで1万6765人にも達した。その後、減少傾向を示し、現在は5000人を割った水準で推移している。 死者が減る切っ掛けとなったのは、2002年の改正道路交通法の施行だ。飲酒運転に対する罰則が強化されたためだ。その後さらに厳罰化が進み、2009年から死者は5000人を下回った。ピーク当時に比べ、車の所有者数が300倍にも増えていることを勘案すれば、相当の減少率である。 それでも、年間の死者は阪神・淡路大震災に匹敵する規模で、米国マンハッタン島の9・11テロ事件より多い水準だ。交通事故では、一気に多数が死ぬことは少ない。少人数の犠牲者が積み重さなり、年間では莫大な数値になる。 飲酒運転による罰則強化は確かに効き目があった。巨額な罰金を警戒して飲酒を自粛するからだ。事前の心構えで、事故発生率が下がるのはいいことだが、運転中に急に襲う生理現象や、心理状況まで規制することは難しい。 最近の事例の一つは、京都市の繁華街での軽乗用車が暴走したケースだ。事故を起こして気が動転し、狼狽して逃走しようとしたものと推定される。運転手がてんかん持ちをされているが、てんかんとの因果関係は不明だ。恐らく、タクシーに衝突して正常心を失ったのではないか。 同じ京都・亀岡市での未成年者の無免許運転事故は、国道の裏通りを高速で走行中に居眠りをして起こしたものだ。無免許の常習犯であることを除けば、昨日の藤岡インターでの高速バスの防音壁衝突事故と状況的には同じだ。いずれも、不眠不休の連続運転が眠気を誘ったものであろう。 千葉・館山でバス待ちの列に突っ込んだ車の運転手は「ぼっとしていた」と述べている。運転中に「考え事」などをしていれば、信号が赤でも、前面に障害物があっても、瞬間的に意識が外れることはあり得なくはない。 体や心の問題は、事前にチェックすることは難しい。十分に睡眠していても単調な道路では眠気が差すかも知れない。人間であれば「ぼっと」することはあり得る。事故に遭遇した恐怖感も、その時にならないを分からない。 では、どうすればよいか。車がぶつかっても被害が少ないように工夫するしかない。路肩の停留所には防護柵を設けるのは当然だ。住宅街は物理的にスピードが出せない仕組みにすべきだ。警察庁は30キロ制限区域の指定を進めているが、日本の生活道路には減速用のハンプやシケイン(S字、クランク)が不十分だ。物理的にスピードを制限すると同時に、人の側でも車の動きをよく注視していることが大事だ。
2012年 04月 27日
小沢一郎元民主党代表の政治資金疑惑に対し「無罪」判決が出たことで、本人や周辺は小躍りしているようだが、判決内容をよく見ると、とても喜べるような内容ではない。昨日、判決と理由説明をざっと聞いた段階でコメントを記したが、今朝の新聞で詳細理由を読むと、裁判官の苦労が滲み出ている。
今回の判決は始めに「主文」を読み上げ、結論を先に述べたが、その後の判決理由説明では、世間の疑問に対し、ほとんどこれを認める内容を示した。検察役の指定弁護士も、言い分がほぼ通ったとの受け止め方を示している。もし「主文」が後になり、理由説明を先に聞けば、「有罪」ではないかとの印象を持ったのはワガハイだけではあるまい。 注目された共謀共同正犯について、裁判所は故意責任を問うための「認識」が必要とし、そのための指定弁護士の立証責任が十分ではなかったことを指摘した。これが「無罪」判決の根拠である。小沢氏が認識していなかったのは、土地売買契約の細かい交渉経緯や、収支報告書の記載時期や内容についてだ。 小沢氏が、秘書の資金操作の細工が犯罪にあたるとまでは「認識」していなかったために、刑事責任が問えなかったということだ。秘書自身が予め犯罪を認識していたかどうかまでは不明だが、仮に犯罪行為を自覚していても、親分にそのことまで説明していたかは、当事者以外には分からない。第三者が立証できないのは当たり前だ。 裁判所の判決理由説明では、巷間取り沙汰されている様々な疑惑に対し、「認められる」「可能性がある」「考えられる」「考えられなくはない」「信じられるものではない」「信憑性が乏しい」「不自然である」などといった表現で、小沢氏側の主張にことごとく疑問を呈した。 特に「可能性がある」との言い方は山ほどあり、裁判所としても小沢氏側の説明が極めて合理性に欠け、疑問だらけであることを認める結果となった。にも関わらず「無罪」とせざるを得なかったのは、小沢氏の「犯罪認識」が明確ではなかったためだ。 やくざの親分・子分との関係同様に、小沢氏と秘書との関係は「特殊」である。元秘書3人がいずれも「有罪」判決を受けて控訴中である。秘書の不祥事は、政治家が尻拭いするのは当然だ。特に小沢氏は、秘書に対し絶対的権力を持ち、一蓮托生の関係にあることは明白だ。 「犯罪認識」を第三者が立証することは別として、「犯罪認識」がなければ「無罪」であるという、考え方そのものにワガハイは疑問を持つ。日本の裁判制度は3審制だ。今後、新たな事実が出る可能性は少ないだろうが、指定弁護士はぜひ控訴して争うべきだ。高裁で同様の結論が出ても、さらに上告して最高裁の判断に委ねることを期待したい。
2012年 04月 26日
注目されていた小沢一郎元民主党代表の裁判で、東京地裁は「無罪」の判決を言い渡した。もともと検察が「嫌疑不十分」で不起訴にしていたため、検察審査会の強制起訴に対しても、よほどの新たな事実が出ない限り、「有罪」に持ち込むのは無理とされていた。
この種の犯罪については、明確な物的証拠はあり得ない。関係者の供述など状況証拠を積み上げるしかない。裁判所が、検察の作った元秘書の供述報告書を事実とは異なるとして、採用しなかったことなども、「有罪」を裏付ける根拠が薄かった。 裁判では、いくつかの争点があった。地裁の判決理由についての説明によると、一つは、強制起訴自体が有効か無効かという点だ。地裁は、ねつ造された報告書が検察審査会の判断を誤らせることがあってはならないとしたが、強制起訴は有効とした。判決を受けて指定弁護士が控訴するかどうかは、今のところ不明だが、控訴しようと考えればできなくはない。 二つ目は、土地代金4億円の扱いについてウソの記載をしたかどうかという点だ。地裁は、小沢氏からもらった資金であることを秘書が隠すために、銀行借り入れという手段を講じたことを指摘。さらに記載を先送りすることで表に出ることを避けたとし、ウソを認めた。 三つ目は、小沢氏と秘書との共謀の事実の有無だ。これについては地裁は、両者に「特殊な関係があった」とし、報告や了承はあったが、故意や共謀についてさらなる証拠がないとして認定しなかった。つまり、限りなく「灰色」に近いが「クロ」にはできないということだ。これは、検察の「不起訴」判断の時と同じだ。 小沢氏は、ひとまず「無罪」を勝ち得たが、石川知裕議員ら元秘書3人は「有罪」判決を受けている。小沢氏が「秘書が勝手にやったこと」として、関わりを否定して罪を逃れたが、政治的、道義的責任は果たしていない。 これまでも何度か取り上げたが、小沢氏は国権の最高機関である国会での説明責任を無視、逃げ回って来た。本人はともかく、資金の管理を全面的に任せていた秘書3人が「有罪」であれば、その親玉が黙りを決め込むことは無責任限りない。司法は「無罪」としたが、疑惑が消えたわけではない。今後、立法府で疑問点を徹底的に追及すべきである。 < 前のページ次のページ >
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