2008年 11月 11日
タライ回し |
異常を訴える妊婦が、病院をタライ回しされるケースが目立つ。危険度が高い場合は、総合周産期母子医療センターが受け入れることになっているが、機能していない。当直医師の数が少ないことが主な理由だ。
分娩は病気ではない。正常であれば、助産師が対応すればすむことだ。昔は産婆と呼んだ。ワガハイも産婆の世話になって生まれた。出産までの過程で身体に異常が発生すれば、産婆では無理だ。産婦人科医でもダメな場合がある。そのために周産期母子医療センターがあるのだ。
知人の医者によると、産婦人科医には出来の悪いのがなる。優秀なのは外科に行く。脳神経外科などはトップクラスでないとダメだとか。最近では産婦人科は敬遠される。特に分娩絡みでは、予測できない事態が発生する可能性もある。対応を一つ間違うと訴訟問題となる。これが、嫌がれる要因とも言われている。
周産期母子医療センターだけでなく、一般に病院の医者不足が指摘されている。医者の数は現在、全国で26万人程度いる。助産師は2万5000人だ。助産師は、開業もできるが、そのほとんどは病院勤めである。国家試験に合格する必要があるが、医者ではない。
医大や総合大学の医学部を卒業する学生の数は、毎年8000人近くいる。自然減が2000人前後とすると、差し引き6000人もの医者が誕生している勘定だ。医者の数は少なくないのだ。病院に行かないだけだ。勤務が過酷で、実入りも少ないからだ。
街を歩いていると、歯医者がやたらに目立つ。歯医者はすでに過剰状態にある。眼科や整形外科も比較的多い。小児科や産婦人科などの開業医はパラパラだ。大部分の妊婦は、どこかの病院で子供を産んでいるのではなかろうか。
地域的にみると、東京は例外だが、首都圏では医者不足が深刻だ。むしろ地方の方が充足している。医者の数を人口比率でみると、徳島県がトップだ。ドンケツは埼玉県だ。両者には倍以上の開きがある。
医者の促成栽培には反対だ。出来損ないを山ほどつくっても意味がない。研修期間の短縮などが取り沙汰されているが、これはおかしい。研修医としての実地訓練が不十分なまま、医療行為をされてはかなわない。医者の絶対数が足らないのではない。必要なところに効果的に配置できるような環境整備を急ぐ方が大事だ。
分娩は病気ではない。正常であれば、助産師が対応すればすむことだ。昔は産婆と呼んだ。ワガハイも産婆の世話になって生まれた。出産までの過程で身体に異常が発生すれば、産婆では無理だ。産婦人科医でもダメな場合がある。そのために周産期母子医療センターがあるのだ。
知人の医者によると、産婦人科医には出来の悪いのがなる。優秀なのは外科に行く。脳神経外科などはトップクラスでないとダメだとか。最近では産婦人科は敬遠される。特に分娩絡みでは、予測できない事態が発生する可能性もある。対応を一つ間違うと訴訟問題となる。これが、嫌がれる要因とも言われている。
周産期母子医療センターだけでなく、一般に病院の医者不足が指摘されている。医者の数は現在、全国で26万人程度いる。助産師は2万5000人だ。助産師は、開業もできるが、そのほとんどは病院勤めである。国家試験に合格する必要があるが、医者ではない。
医大や総合大学の医学部を卒業する学生の数は、毎年8000人近くいる。自然減が2000人前後とすると、差し引き6000人もの医者が誕生している勘定だ。医者の数は少なくないのだ。病院に行かないだけだ。勤務が過酷で、実入りも少ないからだ。
街を歩いていると、歯医者がやたらに目立つ。歯医者はすでに過剰状態にある。眼科や整形外科も比較的多い。小児科や産婦人科などの開業医はパラパラだ。大部分の妊婦は、どこかの病院で子供を産んでいるのではなかろうか。
地域的にみると、東京は例外だが、首都圏では医者不足が深刻だ。むしろ地方の方が充足している。医者の数を人口比率でみると、徳島県がトップだ。ドンケツは埼玉県だ。両者には倍以上の開きがある。
医者の促成栽培には反対だ。出来損ないを山ほどつくっても意味がない。研修期間の短縮などが取り沙汰されているが、これはおかしい。研修医としての実地訓練が不十分なまま、医療行為をされてはかなわない。医者の絶対数が足らないのではない。必要なところに効果的に配置できるような環境整備を急ぐ方が大事だ。
by everyoung
| 2008-11-11 19:24
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