2011年 02月 10日
自己責任 |
先日、「東京ドームシティアトラクション」のコースターから転落死する事故があった。安全バーの扱いに原因があるようだが、責任の所在がはっきりしない。一般にこうした場合、管理側の安全管理に問題があったのではないかと問われるが、利用者側の落ち度を見逃すわけにはいかない。
ワガハイは、コースターなるものに乗ったことがない。普通の施設では、乗る前に安全を確かめるアナウンスがあるか、注意事項の説明書きが利用者の見える所にあるものだ。「東京ドーム」のコースターでも、同様の措置が取られていたのではないかと推定している。
スキーリフトにも安全バーが付いている。仮に掛けなくて落ちても、雪の上だからよほどの条件が悪い所でない限り、死ぬことはない。ワガハイは、面倒なのでバーを降ろすことは滅多にない。落ちたら自分の責任だ。飛行機に乗ると、離着陸の際や気流が不安定な場合、シートベルトを閉めるアナウンスがある。客室乗務員も確認するが、途中で用を足すにために外して怪我しても、航空会社が刑事責任まで問われることはない。
報道だけでははっきりしないが、「東京ドーム」のコースターの場合、バーが途中で外れたり、壊れたのではない。バー自体の不具合が原因ではないようだ。犠牲者がバーを掛けなかったことと、それを施設のアルバイトが見逃していた点が問題視されている。
犠牲者は34歳のデブだ。恐らくサイズオーバーで、バーを掛けようにも掛けられなかったのではないか。そのまま乗って、アルバイトも確認を怠ったとみられる。もしアルバイトが気づいたいたら、「危ないので乗るな」という指導ができるようになっていたのか。
バーの掛かり具合は、従業員が手で確認するようになっていたようだ。念を入れる意味では、そこまで徹底しても違和感はない。件のデブは、子どもや年寄り、身障者ではない。バーを掛けていないことは、本人が一番知っていたはずだ。マニュアルの不手際や、従業員の不十分な対応があったのかも知れないが、基本的には利用者側が気をつける問題だ。
日本の社会は、自己の不手際を棚上げして他人に責任を転嫁する風潮がある。遊戯用具に限らず、自分の安全は、まず自分で守ることが大事だ。いくら相手側に落ち度があっても、死んでしまえばおしまいだ。大の男の遊び方についてまで、細かく面倒みるのは過保護そのものだ。自己責任で臨むべきだ(10年11月「悪いのは他人」など参照)。
ワガハイは、コースターなるものに乗ったことがない。普通の施設では、乗る前に安全を確かめるアナウンスがあるか、注意事項の説明書きが利用者の見える所にあるものだ。「東京ドーム」のコースターでも、同様の措置が取られていたのではないかと推定している。
スキーリフトにも安全バーが付いている。仮に掛けなくて落ちても、雪の上だからよほどの条件が悪い所でない限り、死ぬことはない。ワガハイは、面倒なのでバーを降ろすことは滅多にない。落ちたら自分の責任だ。飛行機に乗ると、離着陸の際や気流が不安定な場合、シートベルトを閉めるアナウンスがある。客室乗務員も確認するが、途中で用を足すにために外して怪我しても、航空会社が刑事責任まで問われることはない。
報道だけでははっきりしないが、「東京ドーム」のコースターの場合、バーが途中で外れたり、壊れたのではない。バー自体の不具合が原因ではないようだ。犠牲者がバーを掛けなかったことと、それを施設のアルバイトが見逃していた点が問題視されている。
犠牲者は34歳のデブだ。恐らくサイズオーバーで、バーを掛けようにも掛けられなかったのではないか。そのまま乗って、アルバイトも確認を怠ったとみられる。もしアルバイトが気づいたいたら、「危ないので乗るな」という指導ができるようになっていたのか。
バーの掛かり具合は、従業員が手で確認するようになっていたようだ。念を入れる意味では、そこまで徹底しても違和感はない。件のデブは、子どもや年寄り、身障者ではない。バーを掛けていないことは、本人が一番知っていたはずだ。マニュアルの不手際や、従業員の不十分な対応があったのかも知れないが、基本的には利用者側が気をつける問題だ。
日本の社会は、自己の不手際を棚上げして他人に責任を転嫁する風潮がある。遊戯用具に限らず、自分の安全は、まず自分で守ることが大事だ。いくら相手側に落ち度があっても、死んでしまえばおしまいだ。大の男の遊び方についてまで、細かく面倒みるのは過保護そのものだ。自己責任で臨むべきだ(10年11月「悪いのは他人」など参照)。
by everyoung
| 2011-02-10 10:16
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