2013年 11月 07日
ペコペコ風景 |
日本の企業も、あまり威張れたものではなくなった。このところ、企業のトップが頭を下げる風景の多いこと。福島の原発事故以来、東京電力の頭を下げる回数はダントツであったが、少し霞んで来た。先には、みずほ銀行幹部がペコペコしたかと思ったら、今度は流通業界に飛び火だ。
頭のてっぺんが薄くなってから人様の前で、頭を下げるのはいい気分ではなかろう。下げなければならないことをしているからそうなるのだ。流通業界では、食材の偽装表示が出るわ出るわ。デパート老舗の伊勢丹三越でも発覚。いい加減な管理体制が浮き彫りになった。
口に入れるモノについては、関心が強いし、神経質な面もある。下手をすれば命にも関るかからだ。食材は見ただけで判別できるものもあるし、そうでない場合も多い。品種や鮮度はともかく、産地などは表示に頼らざるを得ない。
料理された後に、その元の食材を見分けるのはさらに困難だ。消費者としては、メニューを信じるしかない。今回の一連の食材偽装表示は、ブランドの威力を背景に消費者を騙そうとしたものだ。「手違い」とか、「連絡ミス」などと関係者は言っているようだが、「確信犯」的な色彩が強い。
最近、世界で日本食の人気が高まっている。特徴の一つは、鮮度の高い食材を、そのままうまく利用しているところにある。日本人は、フランス料理に憧れる傾向があるが、世界的には中華料理の評価が一番だ。(07年12月「男の理想」参照)。いずれも、食材をぐちゃぐちゃにして、無理無理味付けしたものが多く、元の食材の鮮度などは日本食に比べかなり劣るものだ。
食の好き嫌いは勝手だが、食材についての表示は正確にすべきだ。そうでなければ、消費者は判断できない。何を食わされているかわからないようでは、不安だけが高まる。偽装事件は過去にも多発。日常茶飯事と言ってもよい。その割には業者への処分は甘いのが実態だ。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉で、日米間の争点の一つに食品表示がある。米国が、遺伝子組み替え食品の表示を拒否しているのに対し、日本は義務付けを求めている。表示があれば、嫌な人は買わないし、気にしない人は買うだろう。仮に、表示がないとすれば、嫌な人は「米国産」だけで拒否するだろう。米国にとってどちらが得か損かだ。
消費者庁や消費団体の調査には限界がある。過度に依存してはいけない。モノを買うか買わないかは、最終的に消費者自身が判断するものだ。その材料としては、表示内容が重要な役割を果たす。それがデタラメだとすれば、危険を承知して買うか、諦めるかだ。どこまで表示するかは、議論の余地はあるが、決まったことはちゃんと記すべきだ。違反者には厳しく対処しなければ、食の安全は守れない。(07年12月「インチキ社会」、08年6月「甘いJAS法」など参照)
頭のてっぺんが薄くなってから人様の前で、頭を下げるのはいい気分ではなかろう。下げなければならないことをしているからそうなるのだ。流通業界では、食材の偽装表示が出るわ出るわ。デパート老舗の伊勢丹三越でも発覚。いい加減な管理体制が浮き彫りになった。
口に入れるモノについては、関心が強いし、神経質な面もある。下手をすれば命にも関るかからだ。食材は見ただけで判別できるものもあるし、そうでない場合も多い。品種や鮮度はともかく、産地などは表示に頼らざるを得ない。
料理された後に、その元の食材を見分けるのはさらに困難だ。消費者としては、メニューを信じるしかない。今回の一連の食材偽装表示は、ブランドの威力を背景に消費者を騙そうとしたものだ。「手違い」とか、「連絡ミス」などと関係者は言っているようだが、「確信犯」的な色彩が強い。
最近、世界で日本食の人気が高まっている。特徴の一つは、鮮度の高い食材を、そのままうまく利用しているところにある。日本人は、フランス料理に憧れる傾向があるが、世界的には中華料理の評価が一番だ。(07年12月「男の理想」参照)。いずれも、食材をぐちゃぐちゃにして、無理無理味付けしたものが多く、元の食材の鮮度などは日本食に比べかなり劣るものだ。
食の好き嫌いは勝手だが、食材についての表示は正確にすべきだ。そうでなければ、消費者は判断できない。何を食わされているかわからないようでは、不安だけが高まる。偽装事件は過去にも多発。日常茶飯事と言ってもよい。その割には業者への処分は甘いのが実態だ。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉で、日米間の争点の一つに食品表示がある。米国が、遺伝子組み替え食品の表示を拒否しているのに対し、日本は義務付けを求めている。表示があれば、嫌な人は買わないし、気にしない人は買うだろう。仮に、表示がないとすれば、嫌な人は「米国産」だけで拒否するだろう。米国にとってどちらが得か損かだ。
消費者庁や消費団体の調査には限界がある。過度に依存してはいけない。モノを買うか買わないかは、最終的に消費者自身が判断するものだ。その材料としては、表示内容が重要な役割を果たす。それがデタラメだとすれば、危険を承知して買うか、諦めるかだ。どこまで表示するかは、議論の余地はあるが、決まったことはちゃんと記すべきだ。違反者には厳しく対処しなければ、食の安全は守れない。(07年12月「インチキ社会」、08年6月「甘いJAS法」など参照)
by everyoung
| 2013-11-07 09:53
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